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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)10310号 判決

原告

中山昌

右訴訟代理人

五十嵐力

被告

日本電信電話公社

右代表者総裁

米沢滋

右訴訟代理人

飯村義美

右訴訟復代理人

大輪威

右同

服部信也

被告指定代理人

釜鈴昇

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(原告)

第一、求める裁判

一、被告は原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和三八年一二月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、第一項について仮執行の宣言。

(被告)

第一、求める裁判

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一第一次請求原因に対する判断

一、原告は東京都新宿区花園町七五番地所在宅地一二二坪一合六勺(本件土地)を所有し、右土地のうちその西側部分には鉄筋コンクリート造三階建事務所兼居宅一棟(本件建物)が建ち、そのうちの一、二階が事務所として、その三階が原告の居宅として、各使用され、その東側部分には、ガソリンスタンド事務所が建ちガソリンスタンドとして使用されていること、一方被告日本電信電話公社(被告公社)は国内の電信電話事業を経営する公共的組織体であること、被告公社は訴外株式会社銭高組に本件四谷電話局庁舎(本件庁舎)の建築を請負わせ、右訴外会社は昭和三六年九月一日右工事に着工し、昭和三八年七月二七日これを完成したこと、右庁舎は本件建物の南側および西側に隣接して鍵状をなして建築された六階建鉄筋コンクリート造であること、本件建物は幅員三〇メートルの放射線六号線の幹線道路に面し、右花園町七五番地附近は建築基準法上の商業地域に指定されていること、以上はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、日照、採光および通風に対する侵害の程度についてみるに、<証拠>ならびに検証の結果認められる本件庁舎の規模、構造、本件建物の構造および本件庁舎と本件建物との位置・距離関係ならびに附近の状況を総合すれば、本件庁舎の建築前右敷地上には昭和二四、五年ごろ信陽堂印刷(会社)の二階建事務所および一階建工場が建ち、右二階建事務所は右敷地上の東寄り(現在のガソリンスタンドの南側)に、右一階建工場は右事務所の西側(本件建物の南側)に並んで建つていたが、右信陽堂印刷の建物は昭和三六年ごろ取毀され、その跡に本件庁舎が建築されたものであつて、本件庁舎の建築前は前示認定のように本件建物の南側は一階建の信陽堂印刷工場があつたのみであるから、本件建物とくに原告の居住する三階部屋は日照も通風もよい部屋であつたが、本件庁舎建築後は、一年中のうち九月下旬ごろより翌年三月初旬にかけて本件建物の三階部屋には一日中日当りがなく、三月中旬ごろからは僅かに日が当るようになり、夏至のころになると正午ごろまで日が当るが、それから後は日当りの時間も段々少くなり九月下旬ごろから全くなくなり、また、夏の風通しも相当悪るくなり、そのため夏は本件庁舎建築前よりも前記三階部屋内の温度が相当高くなり、冬は温度が相当低くなつて、夏の冷房代および冬の暖房代が相当にかさむようになり、結局本件庁舎完成の結果本件建物とくに原告の居住する三階部屋はその日照、通風が相当程度阻害されるに至り、かつ、後記認定のように採光も多少阻害され、その以前に比べ住居としての適応性が低下するに至つたことが認定され、右に反する証拠はない。

なお、採光については、検証の結果により、本件建物の三階部屋は、その東側、南側および北側にやゝ大きな窓があつて東側のガソリンスタンド上から来る採光、北側の道路側から来る採光および本件建物南側と本件庁舎との間の距離は五・二メートルあり、その南側から来る採光によつて、本件庁舎建築の結果多少の影響はあるが、昼間点燈しなければならない程であるとは認められず原告住宅は本件庁舎のため終日点燈することを余儀なくされ著しく採光が阻害された旨の原告本人尋問の結果は検証の結果に照らし措信できない。なおまた、原告は本件庁舎の建築の結果、原告は神経痛および白内障に罹患したと主張し、その旨の原告本人尋問の結果および原告が老人性白内障に罹患し視力が低下している旨(ただし右疾患の原因の記載はない)の当事者間に成立につき争いのない甲第五号証も存在するが、右立証のみによつては原告の神経痛および白内障の症状と本件庁舎建築との間に直ちに相当因果関係ありと認めるに足りず、他にも右因果関係を認めるにたる証拠はない。

三、以上判示のとおり、本件庁舎建築の結果本件建物とくに原告の居住する三階部屋の日照、通風が相当程度に阻害され、かつ、採光も多少阻害され、右三階部屋は住居としての適応性が相当程度侵害されたことが認められる。ところで本件庁舎建築行為による右日照、採光、通風の阻害の程度が社会通念上一般に受忍すべき程度を越えないと認められる限りにおいては、違法性を有せず、したがつて右建築行為は不法行為とならないというべきであるが、右建築行為によつて一般に受忍すべき程度を越えて他人の財産権もしくは生活利益が侵害されるに至つた場合にはそれは違法となり、不法行為を構成すると解するのが相当である。そして右受忍の程度を認定するについては加害行為に対する社会的評価、加害者において損害発生を防止もしくは軽減すべき処置をとりうる可能性、加害者が加害行為をなすに至つた意図、動機、当該地域の場所的性質、加害行為の取締法規等違反の有無、前記阻害の程度(およびこれによつて発生した損害)、その他、被害利益の性質もしくはこれに対する社会的評価、被害者において損害の発生を防止または軽減すべき処置をとりうる可能性等諸般の事情を総合的に比較考慮すべきである。そこで本件につきこれを見ると、

(一)  加害行為に対する社会的評価

被告公社はわが国における電信電話事業を経営する組織体であり、本件庁舎の建築行為は右事業の一環としてなされたものであること当事者間に為いがなく、この意味において右行為は社会的に有用なものであると解される。

(二)  加害者において損害発生を防止もしくは軽減すべき処置をとりうる可能性および加害行為の動機

被告公社が本件庁舎をこの場所に設置することによる原告に対する損害発生を防止し、または軽減するために如何なる措置をとつたかについては必ずしもこれを明認しうる証拠はないが、被告公社が該地域に本件庁舎を建築したのは、証人関谷辰延の証言によると、本件土地附近において近時電話の需要が激増し、それに見合う局舎の新設が必要となつたこと、および一般に電話局の建設は需要者の分布状況すなわち回線網の中心地に建設することが経済的に最も合理的であるので右の要請と用地獲得の条件を併せ考え本地域が選定されたものであることが推認されるので、被告公社が本地域に用地を選定したことは全く不可避であつたとはいえないまでも一応の合理性があると考えられる。また<証拠>によれば本件庁舎の敷地の地価は右庁舎建築開始当時から非常に高いものであつたことが推認されるので、かような高価な土地は、高度に利用されるのが通常であることと後述の本件庁舎付近の場所性および右証人の証言を併せ考えると本件庁舎が現在のような高さおよび形で建てられたことには一応の合理性があると推認される。

さらに、以上の状況および本件庁舎建築の目的に徴してみると、本件庁舎の建築行為は原告に対する害意に出たものではないことは明らかである。

(三)  当該地域の場所的性質

<証拠>を総合すれば、原告の居住する東京都新宿区花園町およびその付近は東京都のいわゆる繁華街、新宿の中心部から東方ほぼ七〇〇メートルの距離にあり、原告の居住する本件建物は新宿繁華街に通ずる交通頻繁な幅員三〇メートルの放射線六号幹線道路に面していること、該地域は、戦前においては主に一階建または二階建の建物の建つた住宅地であつたが、戦後は右幹線道路から離れた地帯はなお一階建または二階建の住宅が多数存在するものの、東京都の商業地域に指定され、高層ビルが建築されるようになり、大規模のものだけでも現在六号線道路に沿つて本件庁舎西側隣接地に五階建ビル(三友ビル)が、右幹線道路をはさんで本件建物の向い側に一〇階建ビル(通称ローヤル・マンシヨン)が、その西方同じ側に若干の距離をおいて七階建ビル(厚生年金会館)が建ち並んでいること、右各ビルがいずれも本件庁舎の建築前に建てられていたこと、右各ビル以外にも該地域には相当数のビルが存在していること、該地域には建物が密集して建つていること、本件土地の地価がきわめて高いものであることが認められ、少なくとも該地域のうち右道路に面した部分およびその付近の部分は、実態において商業地であり、近い将来にはほぼ都心繁華街並みもしくはそれに近い状態に発展する地域であると認められる。また、本件土地の西側部分には本件建物が建ち、そのうちの一、二階が事務所として、その三階が原告の居宅として使用され、本件土地の東側部分にはガソリンスタンド営業所が建ち、ガソリンスタンドとして使用されていることは、当事者間に争いがなく、検証の結果によれば、本件建物は本件土地の西側および南側における隣地(すなわち本件庁舎の用地)との境界線にほぼ密着して建てられていることが認められる。

(四)  加害行為の取締法規等違反の有無

本件庁舎の建築が建築基準法その他関係諸法規に準拠し、関係監督官庁の許可、認可、監督の下に着手、完成したものであり、その意味において適法な建築であることは当事者間に争いがなく、本件庁舎の建築もしくは存在が民法の相隣関係の諸規定に違反していると認めるにたる証拠はない。

(五)  阻害の程度(およびこれにより発生した損害の程度)

阻害の程度についてはすでに述べたところでありこれによつて発生したとする原告主張の損害については、証拠上これを認めることが困難であると思料されるが、ここではこれを詳論しない。

よつて、以上の認定の事実および本件に顕れた諸般の事情を総合して考えると、原告の侵害された利益が日照、採光、通風の確保という快適な生活の享有のために必要な生活利益であること、右生活利益が個人の人権尊重の立場から可能なかぎり法的保護を与えられねばならないこと、右利益に対する侵害が一時的なものではなく将来にわたつて継続するものであること、原告としては他に移転するかあるいは本件庁舎と同程度もしくはそれに近い高さの建物を建てるのでなければ右侵害を回避もしくは軽減できないこと等を十分に考慮しても、なおかつ、本件事実関係の下では、本件庁舎建築の結果原告のうけた前示のとおりの日照、採光、通風の阻害の程度は、社会生活上一般に受忍すべき程度を越えたものとまでは認めることができない。

当裁判所が右結論を出すにあたり前記諸事情のうちとくに重視したものは、日照、採光、通風の阻害の程度のほか、前記の当該地域の場所的性質の項に記載した事情である。日照、採光、通風の確保は、前示のとおり快適な生活の享有のため必要であり法律上保護さるべき生活利益であるけれども、右利益を享受しうる程度は、当該地域の場所的性質によつて影響を受けることは否定できないところである。すなわち、たとえば都心の密集した事務用高層ビル街と郊外の人口の集中度の低い住宅地を比較すれば、前者の場合に後者の場合と同程度の日照、採光、通風の亨有を期待することは無理である(もちろん前者の場合にもこれらを十分に亨有できるのが理想であり、立法の動向にもこのことが看取されるところではあるが)と考えられる。ところで、本件土地およびその付近の状況はすでに認定したとおりであり、またその状況を前提として考えれば本件庁舎の建築は右場所における通常の用法に従つた土地利用であり、原告自身も本件土地を全体としては住居というよりもむしろ商業上の目的のために利用していると解せられる。このような本件土地およびその付近の状況を考えると、前示程度の日照、採光、通風の阻害は、右阻害の原因となつた加害行為が社会的におよそ価値のない行為である場合、加害者において右障害の発生を防止もしくは軽減すべきことができるのにそれをしなかつた場合、加害者が単に被害者に対する害意から加害行為をなした場合、加害行為が関係取締法規等に違反している場合等特段の事情の認められないかぎり(これら特段の事情のある場合の結論については、さらに検討を要する)、社会生活上一般に受忍すべき程度を越えたものとは認められないと解するのが相当である。

以上判示のとおりであるから、被告公社の本件庁舎建築行為は、原告に対する不法行為と認めることはできないといわねばならない。

第二、第二次請求原因に対する判断

一、本請求原因のうち日照、採光および通風が阻害されたことによる不法行為の主張の認められないこと前示第一次請求原因に対する認定において判断を示したとおりであるから、これをここに引用する。

二、そこで騒音、振動による不法行為の主張について検討する。

被告会社が本件庁舎の建築を訴外株式会社銭高組に請負わせ、同訴外会社が昭和三六年九月一日着工し、昭和三八年七月二七日これを完成したこと前示のように当事者間に争いなく、<証拠>を総合すれば、本件庁舎の建築工事期間中相当の騒音、振動のあつたことは一応推測されるが、その程度を具体的に認定するに足る事実を認めることはできず、ただ、本件工事中最も騒音、振動を発するのは長さ約一六メートルのシートパイルの打込みおよび引き抜き工事であつて、このシートパイル一本の打込みには約三〇〇回ないし五〇〇回の打込みを要し、その打込みおよび引き抜きに要した期間は各約三〇日間であつたが、本件建物付近のシートパイルの打込み工事は昭和三六年一〇月下旬から約一〇日間、シートパイルの引き抜き工事は昭和三七年八月中旬から約一〇日間であつて、とくに本件建物の西側におけるシートパイルの引き抜きは本件土地の地盤に対する配慮からそのまま土中に埋没するいわゆる埋殺し工法をとつて引き抜きをしなかつたこと、本件建築工事の一日の作業時間はコンクリートの流込み作業については夜間にわたることがあつたが、そのほかの作業は夜間に及ぶことがなかつたことが認められ、<証拠>の中には、本件建築工事のため、電話の通話も会話も殆んど不可能で家の外に出て商談した、柱時計が落ち、壁も損傷し、窓の開閉ができなくなつた、原告の夫亡本磨は工事の振動、騒音で心筋硬塞により死亡した等の供述があるが、右通話および会話が不可能になつたのは全工事期間にわたつてのものであるか、あるいは一時的なものか明らかでなく、また壁が損傷し、窓の開閉が不可能になり、柱時計が落ち、原告の夫本磨が心筋硬塞により死亡したという点については、これと被告公社の行為である本件建築工事との間の相当因果関係の存することが必要であるが右原告および証人小坂の供述のみによつては直ちにこの関係を認めることはできず、他に右を認めるに足る証拠はなく、結局前示認定の本件建築工事期間中最も騒音、振動の激しいと判断されるシートパイルの打込みおよび引き抜き作業の期間および本件建築工事が夜間に行われることが殆んどなかつたことからすれば、都会地とくに前示認定のような状況にある該地域に居住するものにとつては、本件建築工事によつて生じた騒音、振動は原告において受忍すべき範囲を越えないものというべきであつて、被告公社のなした本件庁舎の建築工事はいまだ違法なものと認めるに足りないと解するのが相当である。

そうすると、右の騒音、振動についての不法行為の主張もこれまた採用することはできない。

第三、結論

よつて、原告の本訴請求はその原因として主張される各不法行為についてはいずれも違法性が認められないので、その余について判断するまでもなく理由がなく失当として棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(荒木大任 上村多平(伊藤滋夫は転補のため署名押印できない)。)

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